我    ダイアンサムの森                     宇野 明彦
夢中人 樹幹のダイアンサム
シャンデリアナムと筆者
シャンデリアナムと筆者「ダイアンサムの森」樹幹のダイアンサム

 自然を愛する人にとって、山に分け入り自分の探している動植物に出会った時ほどうれしいものはない。ことに野生ランを趣味とする者が、 クマガイソウやアツモリソウの群落に出会ったり、斑入りのシュンランを見つけたり、あるいはカンランに出会ったりした時の驚きと喜びは、 言葉では到底言い表せないものがある。
 私は幼い頃から動植物が大好きで、虫捕りや魚捕り、野草探しに明け暮れる毎日であった。このような遊びは、たいてい小学校あるいは 中学校卒業と同時に終わりとなるのが常である。しかし、私の場合どういうわけかその後も続いてしまい、医者になる前は 生物学者になるのを夢みて、大学で昆虫学を専攻していた。そんなわけで、近頃では野生の動植物との出会いを求めて東南アジアの山々等の 未開の地を訪れることがもっぱらとなった。
 植物に関しては、今までタイ北部のチェンマイや、メーホンソン、ミャンマー、ラオス国境といったさまざまな場所で、日本では想像も できないほど多くの野生ランを見てきたが、今回、ラオスのシェンクヮンからベトナム国境にかけての山中で見たそれは、本当に見事で、 思わず筆を執りたくなった次第である。
写真(3)
(3)岩上のパフィオペディラム カロッサム


 谷の岩上にはスパソグロティスが一面に付着していた[写真(4)]。以前、このランの平らな菱型の球茎が、 バンコクのサンデーマーケットで漢方薬として大量に売られているのを目にしたことがある。


 ラオスの首都ビエンチャンには、タイのバンコクから空路約1時間で到着する。首都とはいっても、緑に囲まれた こぢんまりとした静かな町といった風情である。
 ここから車で1時間ほど北に走った山中で、パフィオペディラム属カロッサムの群落に出会うことができた[写真(3)]。 いずれも、谷の水しぶきがかかるような場所に自生していて、日本の温室内での育生環境とのあまりの違いに驚いてしまった。
写真(4)
(4)谷の岩上に群生するスパソグロティスとその球茎
写真(5)
(5)ハベナリア
 道路脇にはハベナリアが転々と咲いていて[写真(5)]、食虫植物ネペンテスの一種も所々に見られ[写真(6)]、 熱帯独特の蝶が乱舞していた。
  首都ビエンチャンから小さなプロペラ機に乗り換えて約1時間でシェンクヮンという町に到着する。この町の近くには ベトナム戦争時代有名になったジャール平原があり、ホーチミンルートを空爆した跡が点々と続いている様子を上空から いくつも確認することができた。町の店先には、当時の武器や砲弾が所狭しと並んでいて不気味であった。
写真(81)
道路脇の樹上に咲く大輪のデンドロビューム
写真(6)
(6)ネペンテスの一種(食虫植物)
写真(7)
(7)ジャール平原の石壺の中に咲く水生植物
 また、ジャール平原は大小さまざまな石の壺でも有名で、壺のたまり水にはミミカキグサによく似た水生植物が可憐な 花を咲かせていた[写真(7)]。
写真(8)
(8)着生ランに覆われた大木 (ダイアンサムも認められる)
 シェンクヮンからさらに車で4時間ほどベトナム国境に向けて走った山中は、まさに野生ランの宝庫であった。 地上から、樹幹、樹上、岩上、ありとあらゆる場所にランが自生しており[写真(8)]、大げさではあるが、ランを踏まずには、 あるいはランに触れずには歩けないといってもいいほどで、わざわざ探さずとも見回すだけで、シンビジウム[写真(9)]や ツニア[写真(10)]、カランセ[写真(11)]、ファレノプシス[写真(12)]、エリア[写真(13)]、
デンドロビウム[写真(14)]、シルホペタラム[写真(15)]、アグロストフィラム[写真(16)]、セロジネ[写真(17)]、ヘミピリア[写真(18)]、 チロスキスタ等、挙げだすときりがないほど多種多様かつ無数のランを目にすることができた。
写真(11) 写真(12)
(11)カランセ
 
(12)ファレノプシス
  (胡蝶蘭の原種)

写真(13)
(13)エリア

写真(15)
(15)シルホペタラム
写真(9)
(9)シンビジウム
写真(10)
(10)ツニア
写真(14)
(14)デンドロビウム
写真(16)
(16)アグロストフィラム
写真(17) 写真(18)
(17)セロジネ (18)ヘミピリア
写真(181)
属名不詳
写真(19)
(19)花を咲かせたパフィオペディラム ダイアンサム
写真(182)
稜線から見たベトナム国境



 ことにパフイオペデイラム属ダイアンサムの群生は見事で、「ダイアンサムの森」といってもいいほどであった [写真(19)、(20)]。鳥のさえずりと、遠くから時々聞こえるサルの鳴き声が、この「ダイアンサムの森」の趣を なおいっそう味わい深いものとしていた。

写真(20)
(20)岩上のパフィオペディラム ダイアンサムの大株

 現在、一般に日本で洋ランと呼ばれている仲間は、メリクロン培養での大量生産が可能となっている。
しかし、このパフィオペディラム属だけはそれができず、交配して採取した種から無菌培養で5年から7年
もの育生期間を要した後、ようやく開花株が完成する。したがって、このダイアンサムや前述のカロッサム
といったパフィオペディラム属の群生に出会うことは、洋ランを趣味としている者にとってはまさに驚嘆に
値することなのである。
 ラオスは、今でも未知の発見・可能性を無尽に秘めた国である。特にサイソンブン特別省のような治安の関係で 立ち入ることが非常に困難な地域はほとんど未調査の状況で、まだまだ貴重な動植物が見つかるだろうといわれている。 現在でも市場に行くと、コウモリや
ネズミ、リス、イグアナ、カエル、あるいはサイチョウをはじめとしたいろいろな鳥が食料として売られており[写真(1)]、 何年か前にはこういった中から新種の鳥が発見されている。また、1992年にべトナムで発見されたウシ科のサオラ[写真(2)]は、 すでにそれ以前からラオスでは食料として狩猟によって捕獲されていたという。今回は、タテハチョウ科の蝶としては世界で4頭目の 記録となるミヤモトコムラサキを採集することができた[写真(21)]。
 最近では、商売を目的とした人びとが、商品価値のあるランの写真を現地住民に配り、写真と同じものを採集させて大々的に 買い上げているという噂を耳にした。私が分け入った山々の貴重な植物の群落も、ひとたびこのような人たちの目に留まれば、瞬く間に
写真(2)
(2)サオラ(ベトナム
  レイヨウ)の頭骨

 
写真(1)
(1)食料市場風景

写真(21)
(21)世界で4頭目の採集記録となった
   ミヤモトコムラサキ
絶滅の危機に瀕してしまうに違いない。この素晴らしい野生動植物の宝庫「ダイアンサムの森」が、乱獲の手を逃れ、 いつまでもひっそりと残っていることを願ってやまない。
(宇野眼科医院 院長)


この内容は「大塚薬報 2006/NO.613」の3月号に掲載されたものです。


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